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佐藤伸彦の「ちぎり絵」

九鬼周造と「ものがたりの思想」

2026.05.29 公開

——偶然性・いき・運命愛 より

「粋な人だ」という言い方が、日常の会話から消えて久しい。
かつてこの言葉は、江戸の町人文化の中で生きていた。
着物の柄、所作の間合い、言葉の切り上げ方——何かを主張しすぎず、しかし確かな存在感を持つ。
べたつかず、しかし冷たくもない。そういう人のことを、人々は「粋だ」と言った。

「粋」の反対は「野暮」である。
野暮とは、空気を読まずに主張する、あるいは感情をそのまま出しすぎる、そういう状態だ。
しかし「粋」は単なる洗練ではない。
洗練されているだけなら、それは「上品」であって「粋」ではない。

「粋」には、どこかに翳りがある。
華やかに見えるが、その奥に諦めがある。
惹かれているが、執着していない。
誇りを持っているが、それを誇示しない。
この複雑な層が一人の人間の中に共存しているとき、人はそれを「粋だ」と感じた。

言葉では説明しにくい。
しかし、確かに伝わる何かがある。


哲学の道

九鬼は、日本の哲学者の中でも特異な位置を占めている。
西田幾多郎の弟子でありながら、パリに長く滞在し、ベルクソンとハイデガーに直接学んだ。

彼の生涯の仕事は、一言で言えば「日本的感性を西洋哲学の言語で語る」という試みだった。
言語化しにくいものを、言語化しようとする。その緊張の中に、九鬼の思想は生きている。
本書が問おうとしていることと、九鬼の仕事は、表面上は遠く見える。
しかし深部では、驚くほどものがたりと共鳴している。
その共鳴を、ここで丁寧に辿ってみたい。

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